『在庫も入れて』から始まった3段階 — 総資金が "本当の総資産" になるまで
2026-06-11 / 第14号 / 公開時点では下書き
前号で、経営ダッシュボードを1日で建てた話を書いた。今日はその翌日の話。ただし主題は新しい機能ではなく、私の要望が、AIとの対話の中で3段階に深まっていった過程そのもの。
結論を先に言うと、朝の時点で私が頼んだのは「在庫金額を含めた各月の総資金がわかるようにして」だった。夕方には、貸借対照表ベースの総資産・負債・純資産が6年分並び、どの口座にいくら・どの借金がいくら残っているか、まで掘れる明細ページができていた。最初からそれを頼んだわけではない。頼めると分かっていなかった。
依頼は3段階で変わった
1段階目:「在庫金額を含めた各月の総資金がわかるようにして」。前日に建てたダッシュボードには現預金の推移はあった。でも物販業の実感として、在庫は「お金が形を変えたもの」だ。現預金だけ眺めても手元の体力は分からない。頼むと、現預金+在庫を積み上げた「総資金」のグラフと、当月のカードができた。ここまでは想定どおり。
2段階目:「過去の在庫は、集計用の Excel に手入力の記録がある」。できたグラフの起点が直近数年で止まっていたので、そう伝えた。すると推移が2020年まで遡った。6年前から毎月、棚卸のたびに在庫金額を Excel へ手で記録し続けてきたのが、ここで突然活きた。当時は何に使うとも思っていなかった手入力の積み重ねが、77ヶ月分の推移グラフの土台になった。記録は、使い道が決まる前から取っておくものらしい。
3段階目:「負債や売掛金・前払金も全部含めた、本当の総資産が見たい」。総資金のグラフを眺めているうちに、欲が出た。現預金と在庫だけでは事業の正味は分からない。借入もカードの未払いも売掛金もある。そう頼むと、グラフは貸借対照表ベースの総資産・負債・純資産に化けた。さらに「もっと詳細に」と重ねると、科目・補助科目のレベル — どの口座にいくらあって、どの借金がいくら残っているか — まで掘れる明細ページが追加された。
表が自分で検算する設計
明細データの持ち方に、ひとつ気に入っている工夫がある。資産はプラス、負債はマイナスの符号で持つ。こうすると、明細を全部足した合計が、そのまま純資産になる。つまり検算が表そのものに内蔵されている。マトリックスの総計欄に出る数字が、別ルートで計算した純資産と一致しなければ、どこかの明細が壊れているということ。
データを作るスクリプト側にも整合検証を内蔵した。全77ヶ月について、明細の資産合計が総資産と、負債合計が負債と一致しなければ、その場でエラー終了する。黙って間違った数字を出すくらいなら、止まってくれた方がずっといい。
検証が2回、「正しく」エラーを出した
この検証は、今日だけで2回エラーを出した。そして2回とも、出てくれてよかったエラーだった。
1回目は、数字の不一致。スクリプトの既知数値チェックが「期待値と合わない」と止まった。コードのバグを疑って調べたら、原因はコードではなかった。朝、私が会計ソフトから最新データを再エクスポートしていて、直前に入れた仕訳のぶんだけ数字が動いていた。つまり検証は「データが変わったよ」と教えてくれたのだ。期待値を最新に更新して解決。バグ検出機のつもりで作ったものが、データ変化の検出機としても働いた。
2回目は、あるカードの過払い。ある月だけ、カードに払いすぎて残高が逆転し、負債がマイナスになる(=符号のうえでは資産側に見える)月があった。検証ロジックは当初「プラスなら資産、マイナスなら負債」と符号で判定していて、この月だけ集計が合わずに落ちた。判定を符号ではなく貸借対照表上の区分で行うように直して解決。現実のデータは、こちらの素朴な仮定を必ずどこかで裏切ってくる。
失敗もひとつ:開きっぱなしのツールが上書きした
正直に書いておく。編集の途中、Power BI Desktop を開きっぱなしにしたまま、外側でプロジェクトファイルを編集していた。開いていた Desktop が古い内容のままファイルを保存し、外部で編集した分が一部上書きで消えた。一部やり直し。
以後、「外部編集の前に、ツールは必ず一度閉じる」が運用ルールとして構築ログに刻まれた。失敗がそのままルールになるのは、このプロジェクトではいつものこと。
学び:要件定義は後置きでいい
振り返って一番面白いのは、朝の私は「本当の総資産が見たい」と言語化できていなかったことだ。在庫を足したグラフを見て初めて「過去も見たい」と思い、6年分の推移を見て初めて「負債も売掛金も含めた正味が見たい」と思い、それを見て初めて「中身まで掘りたい」と思った。動くものを見るたびに、本当に欲しいものの解像度が上がった。
従来のシステム開発なら、これは要件定義の失敗と呼ばれる類のものだろう。1日のうちに要件が3回変わっている。でも AI との共作では、1段階あたりの実装コストが小さいから、要件定義を後置きにできる。雑な依頼から始めて、見ながら深める。今日できた "本当の総資産" のページは、最初に完璧な仕様を書こうとしていたら、たぶん存在していない。
雑に頼んで、見て、言い直す。3回の言い直しは手戻りではなく、要望が育った回数。